不動産業は何を「経営リスク」と見ているのか? 有価証券報告書から読み解く、不動産業界のリスク認識の変化
企業を取り巻く経営環境は、この数年で大きく変化している。金利環境の変化、東京証券取引所による「資本コストや株価を意識した経営」の要請、ESG・サステナビリティ対応の進展など、不動産業界に影響を与える外部環境も大きく変化した。
本記事では、CCReB GATEWAYのホットワード分析を用いて、不動産業の有価証券報告書「事業等のリスク」を対象に、2022〜2025年に前年から言及が増えたキーワードを分析。その結果、不動産業のリスク認識が「サステナビリティ開示」から「金利・資産価値」、さらに「資本効率・企業価値向上」へと変化してきた様子が読み取れた。さらに、ククレブ・アドバイザーズ株式会社 代表取締役・不動産鑑定士の宮寺之裕氏による実務的な解説を交えながら、不動産業の経営リスク認識の変化とその背景を読み解く。
- 不動産業のリスク認識が2022〜2025年でどのように変化してきたか
- 金利上昇が不動産会社の資産価値や資金調達、CRE戦略にどう影響するのか
- 不動産業で「資本コストを意識した経営」が重視されるようになった背景
- 有価証券報告書から見える、不動産業のリスク認識に共通する3つの特徴
- 自社の「事業等のリスク」を見直す際に押さえたい3つの視点
4年間のデータから見えた、不動産業のリスク認識の変化

2022〜2025年のホットワードを俯瞰すると、不動産業のリスク認識は「サステナビリティ開示」→「個別リスクの多様化」→「金利・資産価値」→「資本効率・企業価値向上」へと変化してきた様子が読み取れる。他業種でも2022年はTCFDや気候変動関連のキーワードが目立ったが、不動産業では2024年以降、金利や資産価値に関する表現が急増しており、不動産業特有の特徴が表れている。
| 年 | フェーズ | 主なキーワード |
| 2022 | サステナビリティ・情報開示 | TCFD、気候関連財務情報開示、SDGs、脱炭素 など |
| 2023 | 個別リスクの多様化 | 老朽化、耐震補強工事、標的型攻撃 |
| 2024 | 金利・資産価値 | 市場金利上昇、資産価値の下落、不動産の期待利回り |
| 2025 | 資本効率・企業価値向上 | 資本コスト、PDCAサイクル、M&Aにあたっては |
※本記事の「ホットワード(急増キーワード)」は、各年の有価証券報告書における事業等のリスクに関する記載を対象に、前年から登場件数または記載企業数が増加した表現を、上位20語まで抽出したものである。急増キーワードとして上位に入ったことは、リスクの重要度や発生可能性を示すものではない。
2022年:サステナビリティ開示への対応
2022年は「TCFD」「気候関連財務情報開示」「SDGs」「脱炭素」「CO2排出量」など、サステナビリティ関連のキーワードが多数を占めた。
東証市場区分の再編やコーポレートガバナンス・コード改訂などを背景に、気候変動リスクに関する情報開示が急速に進んだ時期であり、その動きが不動産業にも反映されたと考えられる。
| キーワード | キーワード登場数(件) | 言及企業数(社) |
| TCFD | 17 | 11 |
| 気候関連財務情報開示 | 9 | 9 |
| 脱炭素 | 9 | 7 |
| SDGs | 6 | 5 |
| CO2排出量 | 4 | 3 |
出所:CCReB GATEWAYホットワード分析
2023年:リスク認識の多様化
2023年は「老朽化」「耐震補強工事」「標的型攻撃」「知的財産権を侵害」など、多様なテーマが上位に並んだ。
2022年のような単一の制度対応というより、各社が抱える個別の経営課題が、その時々でリスク開示へ表れた年といえる。
| キーワード | キーワード登場数(件) | 言及企業数(社) |
| 標的型攻撃 | 11 | 5 |
| 老朽化 | 6 | 5 |
| 知的財産権を侵害 | 8 | 4 |
| 耐震補強工事 | 2 | 2 |
出所:CCReB GATEWAYホットワード分析
2024年:金利上昇によるリスク認識の大きな変化

2024年は、不動産業の特徴が最も色濃く表れた年である。「市場金利上昇」「資産価値の下落」「不動産の期待利回り」「新規の資金調達」「金利に関するリスク」など、金利や資産価値に関するキーワードが急増した。
日本銀行の金融政策転換を背景に金利環境が変化するなか、こうした変化を不動産業界はどのように捉えていたのか。企業不動産(CRE)の有効活用や管理を支援するククレブ・アドバイザーズ株式会社の代表取締役・不動産鑑定士である宮寺 之裕氏に、実務の視点から見解を聞いた。
| キーワード | キーワード登場数(件) | 言及企業数(社) |
| 市場金利上昇 | 5 | 5 |
| 資産価値の下落 | 4 | 4 |
| 不動産の期待利回り | 4 | 4 |
| 新規の資金調達 | 4 | 4 |
| 金利に関するリスク | 3 | 3 |
出所:CCReB GATEWAYホットワード分析
【解説】ククレブ・アドバイザーズ株式会社 代表取締役・不動産鑑定士 宮寺之裕氏
金利上昇局面において、不動産業界はまず「資産価値の下落」と「調達コストの上昇」という二つの側面から経営リスクを捉えていた。期待利回りは資金調達コストと連動しやすく、金利が上がれば理論上、不動産価格には下押し圧力がかかる。加えて、変動金利や借換えを多く抱える企業ほど支払利息の増加が収益を直接圧迫するため、財務体質や資金調達構造の見直しが喫緊の経営課題として意識されていた。
興味深いのは、CRE戦略への波及である。不動産業界は日頃、事業会社に対し保有不動産の最適化やバランスシート改善を提言する立場にあるが、金利上昇局面ではその不動産業界自身も、自社が保有する収益不動産のポートフォリオを見直し、含み損リスクの低い資産への入替えや借入金の圧縮による財務健全化を迫られていた。提案する側とされる側の双方が、同じ金利環境の変化に直面していた点は、この時期を象徴する構図といえる。
2025年:資本コストを意識した経営へ

2025年は、「資本コスト」「PDCAサイクル」「収益拡大」「収益改善」「従業員エンゲージメント」など、企業価値向上を意識したキーワードが目立った。
2024年に金利・資産価値への言及が増えたのに対し、2025年は「限られた資本をどう活用するか」という経営そのものに関わるテーマへと広がっている。
| キーワード | キーワード登場数(件) | 言及企業数(社) |
| 資本コスト | 6 | 3 |
| PDCAサイクル | 6 | 3 |
| 従業員エンゲージメント | 4 | 3 |
| 収益拡大 | 4 | 2 |
出所:CCReB GATEWAYホットワード分析
【解説】ククレブ・アドバイザーズ株式会社 代表取締役・不動産鑑定士 宮寺之裕氏
2023年3月の東証要請は、不動産業において「売却」の位置づけを変えた点で象徴的である。従来、資産売却は資金繰りや含み損処理など、その場凌ぎの手段として選択される傾向が強かったが、要請以降は、資本収益性を高めるための経営戦略として、保有資産を能動的に入れ替える動きへと重心が移りつつある。一部の大手不動産会社に対し、アクティビストが資本効率改善を働きかけた事例も、こうした流れを象徴する出来事といえる。
不動産業は本来、ストックを積み上げることで成長してきた業態だが、これからは積み上げた資産をどう活かし、資本コストを上回るリターンを生むかが問われる時代に入った。加えて、少子化・労働人口減少が進むなかでは、場所というハードを提供する開発機能だけでなく、そこで展開されるサービスやコンテンツというソフトにまで投資領域を広げる動きが重みを増している。ヒューリックにみられるような多角的な投資展開は、その一つの方向性を示すものといえる。
不動産業のリスク認識に見られる3つの特徴

2022〜2025年の4年間に不動産業で言及が増えたキーワード(ホットワード)上位20語をテーマ別に整理すると、不動産業のリスク認識には「外部環境や個別課題がリスク認識に反映されやすい」「金融環境の変化が経営リスクへ直結する」「資本効率や企業価値を意識した経営へ関心が広がっている」という3つの特徴が見えてきた。
①外部環境や個別課題がリスク認識に反映されやすい
不動産業では、制度改正や社会環境の変化、各社が直面する個別の経営課題が、有価証券報告書のリスク記載へ比較的早く反映される傾向が見られた。
2022年には、「TCFD」「気候関連財務情報開示」「SDGs」「脱炭素」「CO2排出量」など、サステナビリティ開示に関するキーワードが急増した。これは東証市場区分の再編やコーポレートガバナンス・コード改訂などを背景に、気候関連情報の開示が企業へ求められるようになった時期と重なる。
2023年には、「老朽化」「耐震補強工事」「標的型攻撃」など、保有資産や施設管理、情報セキュリティに関する表現が目立った。2022年のような単一の制度対応というより、各社が抱える個別の経営課題が、その時々でリスク開示へ表れた年といえる。
このように、不動産業では社会環境や制度の変化、個別の経営課題に応じて、新たに重視されるテーマがリスク開示へ比較的速やかに反映される特徴が見られる。
②金融環境の変化が経営リスクへ直結する
不動産業では、他業種以上に金融環境の変化がリスク認識へ強く反映される。
2024年には、「市場金利上昇」「資産価値の下落」「不動産の期待利回り」「金利に関するリスク」「新規の資金調達」など、金利や資産価値に関するキーワードが数多く上位へ現れた。
不動産業は保有資産が大きく、借入や投資による事業運営の比重も高い。そのため、金融環境の変化が、資金調達だけでなく資産価値や投資判断など複数の経営テーマにまたがって表れやすい点は、不動産業の特徴といえる。
③資本効率や企業価値を意識した経営へ関心が広がっている
2025年には、「資本コスト」「PDCAサイクル」「従業員エンゲージメント」「採用競争」「収益拡大」「収益改善」「収益最大化」など、経営の質や企業価値向上を意識したキーワードが目立った。
こうした変化の背景には、東証による「資本コストや株価を意識した経営」の要請や、人的資本経営への関心の高まりなどがあると考えられる。
従来のリスク開示では、外部環境の変化や個別リスクへの対応が中心となる傾向があった。一方で近年は、資本効率や成長投資、人材戦略など、自社の経営そのものを企業価値向上の観点から捉える記載が増えつつある。
このことから、不動産業におけるリスク認識は、守りのリスク管理だけでなく、中長期的な企業価値向上を見据えた経営課題へと広がっていることがうかがえる。
自社の有価証券報告書を見直す3つの視点
自社のリスク開示を見直す際は、「同業他社とのテーマ比較」「事業構造との整合性」「経営への影響の連鎖」という3つの視点が重要である。
①同業他社とは単語ではなくテーマを比較する
リスク項目で使われる言葉は企業ごとに異なる。金利環境の変化を「市場金利上昇」と直接記載する企業もあれば、「資金調達コストの上昇」「投資採算の悪化」など異なる表現で記載する企業もある。
同業他社と比較する際は、同じ単語が使われているかだけで判断するのではなく、各社がどのようなテーマをリスクとして認識しているかを確認することが重要である。
②事業構造とリスク記載が対応しているかを確認する
不動産業でも、保有資産の種類(オフィス、住宅、物流施設、商業施設等)、賃貸型か開発型か、自己保有かファンド運用型かなど、事業構造は企業によって大きく異なる。
金利上昇や資産価値の変動が自社のどの事業領域に、どの程度影響するのかを踏まえたうえで、リスク項目が実態と対応しているかを確認したい。
③個別事象だけでなく、影響の連鎖まで想定する
金利環境の変化、資本コストへの意識の高まりなど、不動産業を取り巻く外部環境は短期間で変化している。
個別の出来事だけを追うのではなく、金利上昇が資金調達コスト、資産評価、投資判断、収益性へどのように波及するかを、一連の経路として検討することが、より実態に即した開示につながるだろう。
まとめ:金利と資本効率で読む、不動産業のリスク認識
不動産業の有価証券報告書における急増キーワードを分析した結果、この4年間でリスク認識は「サステナビリティ対応」から「金利・資産価値」、さらに「資本コスト・企業価値向上」へと変化してきたことが分かった。
このような変化をどう捉え、今後何に注目すべきなのか。宮寺氏に見解を聞いた。
【解説】ククレブ・アドバイザーズ株式会社 代表取締役・不動産鑑定士 宮寺之裕氏
不動産業のリスク認識は、金利上昇への守りの対応から、資本コストを意識した攻めのポートフォリオ経営へと確実に移行しつつある。今後注視すべきは、金利環境の変化を「資金調達コストの上昇」で終わらせず、資産入替えや投資判断へどう反映させるかという実行力である。CRE戦略の専門家として、事業会社に助言する不動産業界自身が、自社の資産をどう組み替え、資本効率を高めているかという実践こそ、説得力ある提案の土台になると考えている。リスク開示を読む際も、言葉の変化の奥にある経営判断の変化まで読み解きたい。
有価証券報告書のリスク項目を比較・分析する際には、個々のキーワードだけでなく、その背景にある制度変化や金融環境、経営課題への広がりまで含めて読み解くことが重要である。
不動産業では金融環境や資本市場の変化が、有価証券報告書のリスク開示へ比較的早く反映される傾向が見られた。ホットワード分析は、そうした変化を定点観測する手法としても有効といえる。
不動産業の経営リスクに関してよくある質問(Q&A)
Q1. 不動産会社の有価証券報告書では、どのようなリスクが開示されていますか?
A.不動産業の2022〜2025年の有価証券報告書を分析すると、「サステナビリティ開示」(2022年)、「個別リスクの多様化」(2023年)、「金利・資産価値」(2024年)、「資本効率・企業価値向上」(2025年)など、時期に応じて異なるテーマのリスクが開示されている。
Q2. なぜ不動産会社は金利上昇をリスクとして開示しているのですか?
A.2024年には「市場金利上昇」「資産価値の下落」「不動産の期待利回り」「金利に関するリスク」「新規の資金調達」など、金利や資産価値に関するキーワードが急増した。
日本銀行の金融政策転換を背景とした金利環境の変化が、不動産業のリスク認識に直接反映されたと考えられる。
Q3. 金利上昇は不動産会社にどのような影響がありますか?
A.金融環境の変化は資金調達コストだけでなく、資産価値、期待利回り、投資判断、収益性まで幅広く波及する。
不動産業は保有資産が大きく、借入や投資による事業運営の比重も高いため、この影響を強く受けやすい。
Q4. 「資本コストを意識した経営」とは何ですか?
A.東京証券取引所が2023年から上場企業へ要請している、資本収益性や成長性を意識した経営のことである。
2025年には不動産業でも「資本コスト」「収益拡大」など、企業価値向上を意識したキーワードが急増しており、資本効率や成長投資を意識した記載が増えていると考えられる。
Q5. 有価証券報告書の「事業等のリスク」はどう比較すればよいですか?
A.同業他社との比較は、自社が見落としているリスクテーマや、説明が不足している論点を把握するうえで有効である。
ただし、同じ金利環境の変化であっても、企業によって異なる言葉で記載されることがある。単語の一致だけで判断せず、テーマ、事業構造、経営への影響まで含めて比較することで、自社のリスク開示をより具体的に点検しやすくなる。
※本レポートはCCReB GATEWAYのホットワード分析機能を用いた独自集計・分析に基づき作成しています。掲載内容は企業の開示動向やトレンドを把握することを目的としており、その正確性・完全性を保証するものではありません。
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監修
ククレブ・マーケティング株式会社 CEO
大手事業法人のオフバランスニーズ、遊休地の活用等、数々の大手企業の経営企画部門、財務部門に対しB/S、P/Lの改善等の経営課題解決を軸とした不動産活用提案を行い、取引総額は4,000億円を超える。不動産鑑定士。
2019年9月に不動産Techを中心とした不動産ビジネスを手掛けるククレブ・アドバイザーズ株式会社を設立し、2024年11月に創業から5年で東証グロース市場に上場。
2021年10月にはデータマーケティング事業を主軸としたククレブ・マーケティング株式会社を設立し、現在に至る。

