賃金動向から読み解くグローバルサプライチェーンの動向
賃金動向から読み解くグローバルサプライチェーンの動向!注目が高まるASEANでは製造業・非製造業ともに労働賃金は大きく上昇
コロナ禍以降、ロシア軍によるウクライナ侵攻や安全保障の観点による米中対立などの世界的な情勢不安も重なり、様々な要因から原材料の調達難や原材料価格の高騰といったグローバルサプライチェーンの混乱が起こり、製造業の生産活動への影響は現在も続いています。
ククレブ総合研究所では以前から日本企業のグローバルサプライチェーンについて取り上げてきましたが、本レポートでは引き続き注目の高まるASEAN各国に着目し、賃金動向とその背景から今後のグローバルサプライチェーンの動向を読み解きます。
グローバルサプライチェーン見直しで注目が高まるASEAN
そもそもASEANとは?
東南アジア諸国連合(ASEAN)は、東南アジアの10か国(ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)で構成された準国家連合体であり国際機関です。
1967年8月8日に発足し現在はインドネシア、マレーシア、シンガポール、タイ、ベトナムの5か国が中心メンバー国として参加しています。
ASEANのGDPは2000年のUSD6,000億から2021年にはUSD3兆4000億に増加し、20年間で約5倍以上に成長し世界で経済的な地位を高めています。この数値は日本のGDP(4兆9,374億米ドル)の67.7%に相当します。
ASEANの基本情報や日系企業のASEAN進出動向は以下の記事もご覧ください。
グローバルサプライチェーンのASEAN移転の流れ
数年前までグローバル企業は豊富な労働力や低コストの労働力等の理由で中国をグローバルサプライチェーン上の要衝として活発な取引を展開してきました。しかし、最近では不安定な国際的な政治・経済状況や国家間の対立による貿易制限政策等で中国におけるビジネスに対して懐疑的な見方を示す企業が大幅に増加しています。
日本貿易振興機構(JETRO)の「2020年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」によると、今後中国でビジネスを拡大するか否かの質問について「よくわからない」と回答した企業の数が2013年以降急速に増加していることが見受けられます。この背景には米中対立や中国自体の経済成長力の低下等が考えられますが、その結果、既に脱中国を掲げ、海外拠点をASEAN諸国に移転する動きが日本国内でも数多く報道され、また同様の動きは日本だけでなく中国や韓国でも見られることから、グローバルサプライチェーンのASEANへの移転は今後も継続されると予想されます。
ASEAN各国の経済成長について
アセアン中産層市場の急成長
総人口6億人、GDP3兆4000億規模のASEANは、加盟国の多数が新興国であり生産年齢人口の割合が高いため、その成長潜在力が高く評価されています。中産層人口は安定的に増加しており、そのことはインターネット利用率及びスマートフォン普及率拡大が急速に上昇していることからも読み取れます。
スマートフォンが普遍したことでSNSの利用時間も大幅に増加し、若い人々を中心としたデジタル消費トレンドが急速に広まっています。特に食品や美容製品、衣料品等の購入時における電子商取引(Eコマース)の利用頻度が大きく増加しています。
ASEANは中産層の所得水準の向上により消費市場としての地位も急上昇
大韓貿易投資振興公社(KOTRA)のレポートによると、ASEAN主要6か国の中産層の数は2030年には980万世帯から1億370万世帯に増加すると見込んでいます。これは全体の67%に達する数値で今後巨大な内需市場として成長する潜在力があることを示唆しています。
こうした高い成長率及び人口増加率などを考慮すると、グローバル生産拠点の構築に加え、内需市場確保のためのFDI(海外直接投資)流入も増加されると予想されます。
急速な成長に伴うASEAN各国の賃金上昇がグローバルサプライチェーンの重荷にも?
コロナ禍以降、世界的にエネルギーおよび原材料価格の上昇、食品価格の急騰及びサプライチェーンの混乱等による物価上昇が続いており、日本でもようやく賃金上昇の芽が出てきましたが、ASEAN各国では既に数年前から労働賃金の上昇が進んでいます。
JETROの「2022年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」レポートの賃金上昇率グラフによると、ASEAN同盟10カ国中、9カ国が賃金急上昇していることが分かります。ラオスは6%台で最も高い上昇率を示しており、ベトナム、ミャンマー、フィリピン、カンボジアが4~5%の上昇率で相次いでいます。
グローバルサプライチェーンにおける海外拠点の進出先・移転先として注目が高まるASEANですが、主要国の賃金上昇により、これまでのように低コストで豊富な労働力を確保することが難しくなり始めており、この傾向は今後も続くことが想定されるため、ASEANにおいてグローバルサプライチェーンを構築する場合にも合わせて生産性向上の取り組みを進める必要が出てきています。
難易度が高まり企業によっても判断が分かれる今後のグローバルサプライチェーン戦略
労働力の確保や地政学リスクの低減等の観点での生産拠点としても、また豊かなポテンシャルを持つ消費市場としても、ASEAN諸国がグローバルサプライチェーン上の戦略的要衝である位置づけは今後もしばらくは変わらないと思われます。一方で、グローバルサプライチェーンを築く日本企業の中には生産拠点の日本国内への回帰を方針として掲げる企業も増えており、様々な問題が複雑に絡み合ったグローバルサプライチェーンにおいては今後も試行錯誤が続き、企業により判断が異なるケースが増えてくることが想定されます。
ククレブ総合研究所では、今後も日本企業のグローバルサプライチェーン戦略を注視し、その戦略の動向や具体的事例を取り上げて参りたいと思います。
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監修
ククレブ・マーケティング株式会社 CEO
大手事業法人のオフバランスニーズ、遊休地の活用等、数々の大手企業の経営企画部門、財務部門に対しB/S、P/Lの改善等の経営課題解決を軸とした不動産活用提案を行い、取引総額は4,000億円を超え、CRE戦略の立案から実行までを得意としている。
2019年9月に不動産テックを中心とした不動産ビジネスを手掛けるククレブ・アドバイザーズ株式会社を設立。
2021年10月にはデータマーケティング事業を主軸としたククレブ・マーケティング株式会社を設立し、現在に至る。