総研レポート・分析

2022年度 上場企業の不動産売却・取得動向と 財務指標(ROE・ROA・ROIC・自己資本比率)に関する考察

ククレブ・アドバイザーズ株式会社のシンクタンク部門であるククレブ総合研究所では、上場企業による不動産売買動向と財務指標との関連性や牽連性について、日常的に分析を行っている。

2022年度の動向についても、ROE(自己資本利益率)、ROA(総資産利益率)、ROIC(投下資本利益率)、自己資本比率の4つの財務指標に着目し、これらの指標と上場企業による不動産売買の動向にどのような関連性や傾向があるかについて分析した。

なお、財務指標については2022年度(2021年4月~2022年3月)に発表された上場企業の有価証券報告書記載の財務諸表データを活用、不動産売買動向については上場企業による適時開示における固定資産の譲渡および取得に関わるリリースに準拠し、当社の一定の基準および操作の下で分析を行った。

昨年度の分析結果については下記のリンク先で発表しており、昨年度との傾向の比較の参考として是非参照して頂きたい。

2021年度 国内上場会社の不動産の売却・取得動向と財務指標(ROE・ROA・自己資本比率)に関する考察

 

【ROE】不動産売却を行う上場企業の特徴・中央値・平均値は?

まずはROEの観点から、上場企業のうち実際に不動産を売却した企業と売却を行っていない企業の比較をしていく。

不動産売却した企業のROEを見ていくと、中央値が約2.9%、平均値が約5.2%となっている。一方で、不動産売却を行っていない企業では中央値が約7.4%、平均値が9.1%と両者には大きな開きがあり、不動産売却を行った企業ではそうでない企業に比べて、著しくROEが低い水準にあったと言える。

グラフからも、不動産売却を行った企業ではROE水準が高くなるにつれて企業数が大幅次第に減少する”右肩下がり”の形状となっており、ROEの低い企業に不動産売却の傾向が強いことが確認できた。こうした背景には、ROEの低い企業では株主資本に対して効率的な事業経営が達成できていないことが一つの課題であり、不動産を売却することで手元資金を確保し、収益性の高い事業への新規投資を進める意図があるのではないかと推測される。

ROE(自己資本利益率)(%)=当期純利益÷純資産×100

 

【ROA】不動産売却を行う上場企業の特徴・中央値・平均値は?

続いてROAの観点から、上場企業のうち実際に不動産を売却した企業と売却を行っていない企業の比較をしていく。

不動産売却した企業のROAを見ていくと、中央値が約1.4%、平均値が約2.1%となっている。一方で、不動産売却を行っていない企業では、中央値が約3.5%、平均値が4.3%とROEと比較するとそれほど大きくはないものの、一定程度の開きが確認できる。

グラフの特徴としては、不動産売却を行っていない企業の中にはROAが10%を超える企業が一定程度存在するものの、不動産売却を行った企業の中にはそうした高ROA企業はほとんど存在していない。10%を超える高いROAを示した企業でほとんど不動産売却がなされなかったことは、中央値や平均値に一定程度の差異が生じた要因の一つと考えられる。

ROA(総資産利益率)(%)=当期純利益÷総資産×100

 

不動産取得を行う上場企業のROE・ROAの動向・中央値・平均値は?

続いて、不動産を取得した上場企業の直前期のROEとROAの動きを分析していく。

まず、ROEで比較すると不動産取得を行っている企業のROEの中央値が12.4%、平均値が12.2%と高い水準である。一方で、不動産取得を行っていない企業のROEは中央値が7.2%、平均値が8.9%となっており、不動産取得の有無の面でも、ROEでは大きな開きがあることが分かった。

グラフからも分かる通り、不動産取得を行っていない企業のROEのボリューム帯は5%~10%であるのに対し、不動産取得を行った企業のROEのボリューム帯は10%~20%とより高水準の区間に企業が集中しており、ROEの高い企業(=経営効率の良い企業)ほど積極的に不動産取得を行う傾向が確認できた。

次にROAを比較すると、不動産取得を行っている企業と行っていない企業では、ともに中央値が3.4%、平均値が4.2%となっており、ROAの面では不動産取得の有無にほとんど差が表れていない。グラフの形状を確認しても、2つのグラフのサンプル数に大きな差があるものの、概ね形状は近似しているものと言えるだろう。

よって不動産の売却動向と同じく、ROEとROAを比較するとROEの方が、より企業による不動産の売買動向に強い牽連性があると考えられる。

 

【ROIC】不動産売却・取得を行う上場企業の特徴・中央値・平均値は?

ROEとROAに続いて、ROICの観点で上場企業のうち実際に不動産を売却した企業と売却を行っていない企業の比較をしていく。

ROICを経営目標の水準に定める企業は年々増加しており、詳細については下記の記事にて解説しているため是非参照されたい。

ROICとは?2023年注目の経営指標(2022年総括)~ROIC達成のカギはオフバランスにあり?~

不動産売却した企業のROICを見ていくと、中央値が約2.3%、平均値が約1.1%となっている。一方で、不動産売却を行っていない企業では、中央値が約4.8%、平均値が4.6%となっており、ROEに準ずる牽連性があると言えるだろう。

グラフからも分かるように、不動産を売却している企業と売却を行っている企業では、ボリューム帯は0%~0.5%と共通しているが、ボリューム帯より高い水準まで裾野が厚く広がっているか否かが、大きな差となっている。ROICが低い企業では、本業での収益能力の向上と投下資本の圧縮の2つが課題と言える。

不動産売却により、キャッシュ創出による本業への投資加速、借入金返済による有利子負債圧縮、という両面の効果が期待できることから、今後もROICの向上を企図する企業による不動産売却は続くと考えられる。

ROIC(投下資本収利益率)(%)=税引き後営業利益÷投下資本(有利子負債+株主資本)×100

また、不動産取得を行った企業と行っていない企業のROICを比較すると、不動産取得を行った企業のROICでは、中央値が5.5%、平均値が2.4%となっているのに対し、不動産取得を行っていない企業では、中央値が4.6%、平均値が4.4%となっている。

不動産売却への牽連性は確認できたROICだったが、不動産取得の有無との牽連性は強く確認が出来なかったため、引き続き状況を追っていくこととする。

 

【自己資本比率】不動産売却を行う上場企業の特徴・中央値・平均値は?

最後に、不動産売却を行った上場企業と行っていない上場企業の自己資本比率を比較していく。

不動産売却した企業の自己資本比率を見ていくと、中央値が約41.3%、平均値が約41.6%となっている。一方で、不動産売却を行っていない企業では、中央値が約49.9%、平均値が48.9%となっており、こちらも一定程度の牽連性が認められた。

グラフから読み取れることとしては、不動産売却を行っていない企業では、中央値や平均値付近の35%~65%付近の企業数が非常に多いのに対し、不動産売却を行っている企業では40%~45%という特定のレンジに集中しているのが特徴的である。

自己資本比率(%)=自己資本÷総資本×100

 

不動産売買動向を分析するならROEとROICに注目!

これまで、ROA・ROE・ROIC・自己資本比率という4つの財務指標に基づいて、上場企業による不動産売却・取得の動向を分析してきた。

結果としては、特にROEに不動産売買への牽連性が認められる中、売却の動向についてはROICも比較的強い牽連性を確認できたと言えるだろう。

ROEは引き続き多くの上場企業が経営目標の一つの水準として定めている中、ROICも近年は投資家による注目度の高まりが背景となり、中期経営計画内で言及する企業も増加傾向である。

先日の東京証券取引所による「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」からも読み取れるように、上場企業は多くのステークホルダーから資本コストや経営の効率性が非常に重要視される経営環境下に置かれている。

不動産は企業のバランスシートにおいて大きなインパクトを与える存在であり、経営指標の多様化や引き締めが進む中で、企業による不動産売買が今後どう進んでいくか、ククレブ総合研究所では引き続き分析を行っていく。

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※当レポートに掲載した図表は企業の開示資料において記載された財務数値、固定資産の売却/譲渡に関するリリース文書をもとに、ククレブ総合研究所にて独自に財務指標計算、集計をしており内容の誤りや不正確に起因するいかなる損害や損失について当社は一切責任を負いません。
※出典の記載無き無断転載を禁じます。

 

監修

ククレブ・アドバイザーズ株式会社 代表取締役
ククレブ・マーケティング株式会社 CEO
不動産鑑定士
宮寺 之裕
大手リース会社、不動産鑑定事務所を経て、J-REITの資産運用会社の投資部門にて企業不動産(CRE)に携わる。
大手事業法人のオフバランスニーズ、遊休地の活用等、数々の大手企業の経営企画部門、財務部門に対しB/S、P/Lの改善等の経営課題解決を軸とした不動産活用提案を行い、取引総額は4,000億円を超え、CRE戦略の立案から実行までを得意としている。
2019年9月に不動産テックを中心とした不動産ビジネスを手掛けるククレブ・アドバイザーズ株式会社を設立。
2021年10月にはデータマーケティング事業を主軸としたククレブ・マーケティング株式会社を設立し、現在に至る。