アジアの不動産テックとは?シンガポールにおける不動産テックの動向について
ククレブ・アドバイザーズ株式会社(以下「当社」)では、Sustainabilityを重視する経営方針の中で、Diversity経営を推進し、社内に多様なバックグラウンド、国籍を持つ従業員が日々業務を遂行している。
ククレブ総合研究所における海外レポートシリーズはすでに、香港、韓国における不動産テック動向についてレポートしており好評を博しているが、今回は第三弾として、シンガポールにおける不動産テックの動向について、現地特派員よりお伝えする。
1.はじめに
筆者は現在香港に居住しており、コロナ禍においても日本と香港を何度も行き来する生活をしている。香港は世界でもトップ級の検疫体制が厳しいエリアであり最も長いときで三週間の指定ホテルにおける完全隔離を経験したこともある。当時は日本帰国の際に二週間の自宅隔離が求められたことから一回の日本出張で何と一か月を超える検疫隔離を要しており身体的苦痛と時間的損失(≒経済的損失)を伴った出張であった。
そんな香港も先日遂に検疫体制が大幅に緩和され義務的隔離はなくなり到着日当日からの外出が可能になった(現時点においては三日間の医学観察と四日間の自己観察期間が設定されてはいるものの)。最も緩和の遅れたエリアである香港や日本でさえも国境を越えた人の移動が増加する兆候が見られるため、年末から来年にかけては海外の方々との直接的なコミュニケーションや現地の生きた情報、様子を入手できる機会も飛躍的に増えていくのではないかと思う。
2.今回のトピックはシンガポールの不動産テック
当社レポートでは、今まで海外の不動産テックについて香港と韓国の二つのエリアを採り上げた。今回は第三弾としてシンガポールを採り上げる。
写真:Unsplash
シンガポールは国土が東京23区とほぼ同じくらい(728.6㎡)、人口は約569万人と小規模であるものの、一人当たりのGDPランキングで世界6位(日本は24位)、国際の格付けがAAA(S&P、日本はA+)と言う世界有数の質の高い経済を有する国であることは周知の通りである。
不動産の観点ではS-REITと呼ばれるリート市場が発達しており、市場の時価総額約6兆円程度とアジアでは日本に次ぐ規模の市場を有している。
一方国土が狭いため市場創設時より海外投資に積極的であり、その点は日本のリートとは性質を大きく異にしている。ということで今回はアジアにおいて近隣の韓国、香港と並び経済力、不動産ビジネスの観点からも見逃すことのできないシンガポールにおける不動産テックについて見てみたい。
3.シンガポールにおける不動産テックの概観
不動産に限ったものではないが、シンガポールにおけるテック関連ビジネスの発展、成長を支える柱になっているのは2014年に発表された“Smart Nation”と呼ばれる構想である。
写真:香港特派員 東金
本構想においては、Urban Living、Transport、Health、Digital Government Services、Startups And Businessの5つを柱にSmart Nation化が推進されている。当然ながら不動産に関わる部分も多いため、政府のバックアップを受けながら(かつ低い法人税率を享受しながら)不動産テック企業が興隆している。
どのくらいの不動産テック企業が存在しているかについては、そもそも不動産テック(またはプロップ・テック)の定義が曖昧なこともあり把握が難しいものの、既に100社内外の企業が存在しているようである。
4.シンガポールにおけるユニークな不動産テック企業
サーチエンジンのPropertyGuru、Ohmyhome等日本でも名の知られている不動産テック企業や三菱地所が出資したGorillaSpace等コワーキングスペースのような典型的な不動産テック企業が多く存在する一方、シンガポールっぽさやシンガポールの安定的かつ柔軟な社会経済インフラ、インターナショナルな社会環境を背景にしたユニークな企業も出てきている。今回はその中からユニークなビジネスをしている企業を採り上げたいと思う。
Spaceship
カテゴリ_スペースシェアリング
Wed site_https://www.spaceship.com.sg/
設立_2015年
創業者_Yeo Zhi Wei
Spaceship社は、シンガポールで個人・法人向けにストレージ空間・サービスを提供するスタートアップである。
同社は、あらゆる用途・規格に合わせたストレージを展開し、預け品の集荷、入出庫、在庫管理、棚包・発送代行等を一元的にサポートしている。また同社ユーザーは、ストレージに併設されたコワーキングスペースを利用することも可能。スタートアップやECを展開する企業を中心に、ワンストップで事業に必要な各種サポートを提供することで、これまで10,000人(社)以上の顧客が同社のサービスを利用。国土が狭くスペースに限りのあるシンガポールならではのストレージ+コワーキングスペースを提供している。
Fraxtor
カテゴリ_クラウドファンディング
Wed site_https://www.fraxtor.com/
設立 _2017年
創業者_Oliver Siah, Rachel Teo
資金調遠_Pre-Series A : US$1.25m (2021.11)
Fraxtor 社は、適格投資家向けにオンラインでの不動産共同投資プラットフォームを運営するスタートアップである。
同社独自のネットワークを用いてユニークなグローバルな観点で不動産開発プロジェクトを発掘し、投資家に対し小口(US$20,000)の投資機会を提供している。同社プラットフォームを通じ、これまでUS$22mを調達し、シンガボール、オーストラリア 英国、カナダの学生寮や介護施設等の開発プロジェクトに投資を実行(2021年11月 時点)。 2022年2月にシンガポール金融当局よりCapital Markets Services(CMS)licenseを取得しており、今後投資家に不動産セキュリティ・トークンへの投資機会を積極的に提供予定とのことである。
シンガポールにおいて従前より存在している海外不動産投資ニーズを同国の柔軟かつ堅固な金融システムを通して小口展開している。
Foyr
カテゴリ_VR・AR
Wed site_https://foyr.com/
設立_2014年
創業者_Shailesh Goswami
資金調達_Series A : US$3.8m – Jones Lang LaSalle (2018.01)
Foyr社はシンガポール・米国・インドを拠点に活動するスタートアップである。
同社は主にイン テリアデザイナーや不動産エージェント向けに施設内装の3D可視化・カスタマイズを実現するツールを開発・提供している。同社のツールは、CADや3Dモデリングに関する知識や経験がなくても利用することが可能で、効率的に内装のコンセプトをバーチャルに再現・確認することが出来る。 2016年11月から同社は、アジア太平洋地域においてJones Lang LaSalle(JLL)にツールを提供し、世界最大規模となる計185万mを超える商業スペースの3D化を手掛けている(2018年1月時点)。なお、2018年にはJLLよりUS3.8mの資金調達(シリーズA)を実施している。 VRやAR等の最新テクノロジーを活用し不動産のクオリティを効率的に向上させるという事業を展開している。
以上、比較的ユニークな切り口でビジネスを展開しているスタートアップをいくつか紹介したが下記のような高度な技術を活用した内装塗料の開発・提供という、より建築に近い分野におけるスタートアップも存在している。このような企業も広い意味で不動産テック企業と呼べると思われ、ESGの観点でも評価されるのではなかろうか。
Gush
カテゴリ_リフォーム・リノベーション
Wed site_https://gowithgush.com/
設立_2017年
創業者_Lester Leong、Ryan Lim
Gush社は、持続可能で健康な室内環境を実現する抗菌内装塗料を販売している。
同社の塗料は揮発性有機化合物(VOC)や不快な臭いを分解し、大腸菌などの感染症の原因となる細菌を99.9%除去できるように製造されている。また、空気中の湿度を調節し、カビの発生を防いだりする効果もあるとされている。内壁塗料として同社の商品を用いることで内壁を「浄化装置」に生まれ変わらせ、快適な生活空間を提供することを目標として掲げている。高温多湿かつ、ヘイズ(煙害)が猛威を振るうシンガポールならではの商品と言える。
5.終わりに
以上、今回はシンガポールにおける不動産テックをテーマに可能な限りシンガポールっぽさの感じられるスタートアップ企業について簡単にレポートさせて頂いた。
シンガポールは小国ながら強い経済・金融力および安定した政治・社会体制の下、英語を使って国際的な議論・交流を行いながらビジネスを進められるアジア屈指の国家として日本を凌駕する勢いで発展している。
不動産テックにおいても学び、参考にすべき存在であり協働の余地も多いと思われる。当社としても先に採り上げた香港、韓国とともに引き続き追いかけていきたい。
寄稿:ククレブ・アドバイザーズ株式会社顧問 香港特派員 東金 太一