カーブアウトとは?メリットや課題、実施手順、企業事例をわかりやすく解説
カーブアウトとは、戦略的に小会社や自社の事業の一部を新会社として独立させることを指します。
米国では事業ポートフォリオを入れ替える手段として用いられることが多いカーブアウトですが、近年は日本においても新規事業の設立やベンチャー企業を創設する手段として、カーブアウトを活用する動きが広がってきています。
今回は、カーブアウトの概要や活発化している背景、メリットと課題、カーブアウトの手法や実施手順、カーブアウトの企業事例をわかりやすく解説します。
カーブアウトとは
カーブアウトとは、戦略的に小会社や自社の事業の一部を切り出し(carve out)、新会社として独立させることです。
カーブアウトは不採算部門から撤退し、コア事業に経営資源を集中させる目的で実施されますが、近年は事業ポートフォリオの見直しに伴い、黒字部門であってもカーブアウトの対象とするケースも増えています。
また近年は、企業の技術やノウハウを切り出しベンチャー企業として独立させることで、親会社からの出資と外部資本の注入を組み合わせて新規事業の成長を目指すケースも増えています。
スピンオフとの違い
カーブアウトに類似する用語として、「スピンオフ」が挙げられます。
スピンオフとは、会社の一部門を切り離し独立させることです。広義では後述するスピンアウトと同じ意味を持ちます。
狭義にはスピンオフはスピンアウトと同じではなく、元の会社との資本関係を維持したまま、新会社として独立させることを指します。
独立後も親会社など元の企業のブランドや、販売チャネルなどの資産を活用することができますし、親会社側も、グループ企業として事業成長の恩恵を享受できる点がメリットです。
また、新会社の株式を親会社の株主に割り当てる方式を「スピンオフ」と言うこともあります。
スピンアウトとの違い
カーブアウトに類似する用語として、「スピンアウト」が挙げられます。
スピンアウトとは、会社の一部門を切り離し独立させることです。広義では先述のスピンオフと同じ意味を持ちます。
狭義にはスピンアウトはスピンオフと同じではなく、元の会社との資本関係を維持せずに、新会社として独立させることを指します。つまり、独立後は親会社などの元の企業のブランドや、販売チャネルなどの資産を活用することができません。
近年、日本でも「バイアウト(企業買収方法の一つ)」が見られますが、バイアウトはスピンアウトを実施するための手段の一つです。
カーブアウトが活発化している背景
近年、カーブアウトは日本においても活発化しています。
理由は、経営環境の急激な変化です。
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、一時的な需要の減退や国境を超えたサプライチェーンの分断による資金繰りの急激な悪化など、日本企業は極めて厳しい状況に置かれました。
また、コロナ渦に急速に進んだデジタルシフトや、コーポレート・ガバナンス改革、人手不足の深刻化など、経営環境は急激に変化しました。
このような環境においても企業の持続可能性と付加価値創出力を高めていくためには、競争優位性に基づくビジネスモデルとして、戦略的な事業ポートフォリオを構築する必要があります。
このような背景から、事業ポートフォリオの見直しや、それに伴うカーブアウトの機運が一気に高まりました。
さらに、経済産業省がガイドラインを示したことも影響しています。経済産業省は、2020年7月に「事業再編実務指針~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~」を公表。
このガイドラインでは、日本企業においても事業ポートフォリオの組替えの必要性の認識は広がりつつあるものの、M&Aに比べると、カーブアウトに対しては消極的な企業も多く、世界各国と比較しても、十分に事業ポートフォリオの組替えが行われているとは言えないことが指摘されました。
参照:事業再編実務指針~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~|経済産業省
カーブアウトのメリット
カーブアウトを実施するメリットを、新会社側、元会社側それぞれの立場から解説します。
カーブアウトを実施するメリット<新会社側>
・親会社の経営資源を活用できる
・外部からの資金調達も可能になる
カーブアウトを実施するメリット<親会社側>
・コア事業に経営資源を集中できる
カーブアウトを実施するメリット①親会社の経営資源を活用できる
「スピンオフ」の部分でも触れましたが、親会社との資本関係が継続される場合においては、親会社の経営資源を活用できるというメリットがあります。
新規事業を成長させるフェーズにおいて、新会社として一から組織づくりや文化づくりなど事業運営に専念しながら、親会社のブランドや販売チャネルといった経営資源を活用できることは大きなメリットとなります。
なぜなら、大企業には成熟した主力事業に適した企業文化が強く根付いており、新規事業など新しい取り組みが成長しにくい環境になっているケースが多いからです。
米国を代表する組織経営学者、チャールズ・A・オライリー氏とマイケル・L・タッシュマン氏による著書『両利きの経営「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く』(東洋経済新報社、2019)においても、社内ベンチャーは他の業務と切り離し、独自の組織運営を行う環境を整えることが大切だと述べられています。
こうした理由から、大企業の経営資源を活用しつつ、新しい組織として事業運営をしていけることはカーブアウトを実施する大きなメリットの一つと言えるでしょう。
カーブアウトを実施するメリット②外部からの資金調達も可能になる
二つ目のメリットは、外部からの資金調達も可能になる点です。
新会社が将来的に有望である場合、外部から多くの資金や、会社を運営するうえで必要不可欠な人材・技術などの経営資源を外部から調達することができます。
これにより、親会社の事業の一部門にとどまるよりも、事業の成長が大きく促進されることが期待できます。
カーブアウトを実施するメリット③コア事業に経営資源を集中できる
最後は、親会社側のメリットです。カーブアウトを実施することにより、親会社はコア事業に経営資源を集中することができます。
高度経済成長期やバブル経済期における日本の上場企業は、M&Aを行い事業規模の拡大や事業の多角化を目指すことが一般的でした。
しかし、VUCA時代とも言われる、先を見通すことが難しい変化の激しい現代においては、自社のコアをもとに事業を絞る「選択と集中」という経営戦略をとる企業も増えています。
この選択と集中の見地から、コア事業ではないと判断した事業をカーブアウトすることにより、親会社はコア事業へ経営資源を集中することが可能になります。
カーブアウトの課題「スタンドアローン問題(スタンド・アローン・イシュー)」とは
カーブアウトを実施する際、課題となるのが「スタンドアローン問題(スタンド・アローン・イシュー)」です。
スタンドアローン問題とは、新会社が親会社あるいは元企業から離脱した場合に受ける事業上、または財務上のネガティブな影響のことを指します。
代表的な例としては、以下が挙げられます。
・グループ共通のバックオフィス機能やオフィススペースなど、サービスが受けられなくなることで代替的な業務委託や雇用が必要となる
・親会社からの資金提供や安価なサービス提供の喪失
・親会社からの有用な顧客情報や技術提供を受けられなくなる
・親会社だからこそ可能だった安価な原材料調達ができなくなる
・親会社のブランドや商標が使えなくなる
・カーブアウトに伴い商標を従来のものから変更するためにコストがかかる
・ITシステムの切離しや代替にコストがかかる など
カーブアウトの手法
カーブアウトのスキームは、大きく「会社分割」と「事業譲渡」の2種類に分かれます。それぞれ詳しく見ていきましょう。
会社分割
「会社分割」は、「新設分割」と「吸収分割」の2種類に分かれます。カーブアウトは既存事業を新会社へ切り出すことが目的であるため、新設分割の手法をとることが一般的です。
会社分割を行う場合、権利関係が新会社へ包括承継されます。したがって、許認可や契約関係だけでなく、従業員も承継されるため、手続きをスムーズに行うことができる点がメリットです。
事業譲渡
「事業譲渡」とは、既存の他社に事業を譲渡する方法です。
つまり権利関係が包括承継されないため、許認可等の引き継ぎ手続きが必要になります。知的財産権に関しては、ライセンス供与という形でライセンスを付与することが可能です。また、従業員に関してもそのまま引き継ぐことはできないため、新たに雇用契約を結ばなければなりません。
カーブアウトの実施手順
カーブアウトの実施手順は、大きく次の5つのステップで進めます。
①カーブアウトの基本方針策定
②スキームの選定
③継承する範囲の決定
④会計管理情報の調整
⑤適宜開示
それぞれ順番に解説していきます。
①カーブアウトの基本方針策定
まずはカーブアウトの基本方針を策定するために、事業ポートフォリオ戦略を整理しましょう。
事業ポートフォリオマネジメントの基本は、企業理念に基づき、ビジネスモデルを明確化・経営戦略を策定した上で、事業ポートフォリオを定期的に見直す仕組みを構築し、これを適切に運用することです。
事業ポートフォリオマネジメントを適切に行うために、資本収益性と成長性を軸として事業評価を行うための標準的な仕組みである「4 象限フレームワーク」を活用するのも良いでしょう。
「4 象限フレームワーク」とは、資本収益性と成長性の観点から定量評価を行った上で、各事業の位置づけや課題を確認するためのツールです。自社におけるコア領域・ノンコア領域を明確にし、どの領域を伸ばすために、既存事業をどのように再編していくべきなのか、基本方針を策定しましょう。
②スキーム(手法)の選定
カーブアウトの基本方針が決まったら、スキーム(手法)を選定します。
カーブアウトのスキームは、先述の通り大きく「会社分割」と「事業譲渡」の2種類に分かれます。
それぞれ権利義務の継承の法的根拠や、債権者・労働者の個別承諾の要否、特定の売却先の要否、対価受領の有無、求められる労働者保護のための手続などが異なりますので、各手法の特徴を踏まえて選択しましょう。
対象事業を切り出す目的や、資金確保の必要性、取引の時間軸、切出しの対象事業の成長戦略、市場や売却先候補の状況を含めた実現可能性等に応じて、親会社と対象事業(新会社)の双方にとって企業価値の最大化に繋がるスキームを選択することが求められます。
③継承する範囲の決定
スキームが決まったら、次は継承する範囲を決めていきます。
具体的な検討例は、次の通りです。
・新会社へ移籍する従業員の範囲や雇用関係
・移籍後の従業員の処遇
・取引先や顧客などの契約関係
・事業を構成する資産および負債の特定
・許認可や知的財産権の承継範囲
など
④会計管理情報の調整
継承する範囲の設定が決まったら、関連する会計管理情報を調整します。
普段から事業別に会計情報をまとめている企業は多くないため、カーブアウトをする際は会計管理情報を整理し、新会社に関連する会計管理情報を振り分ける必要があります。
具体的には、「損益計算書(PL)」と「貸借対照表(BS)」から構成される、「カーブアウト財務諸表」と呼ばれる財務諸表を作成するのが一般的です。
⑤適宜開示
上場企業などがカーブアウトを実行する際は、一般的には適宜開示が求められます。
なぜなら上場企業には、有価証券の投資判断に重要な影響を与える会社情報が生じた場合に、直ちに「有価証券上場規程」にのっとった適切な開示を行うことが義務づけられているからです。
カーブアウトを行う際は、原則として株主総会の決議が必要です。
カーブアウトの具体的な企業事例
ここからは、カーブアウトを積極活用している日本企業の具体的な事例をご紹介します。今回ご紹介するのは次の3社です。
・武田薬品工業株式会社
・大日本住友製薬株式会社
・塩野義製薬株式会社
武田薬品工業株式会社
日本の大手製薬会社である武田薬品工業株式会社。同社は、事業の選択と集中を進める一環としてカーブアウトを積極活用している企業の一つです。
創薬困難とされてきた、がん疾患に関連するタンパク質を標的とする複数の新薬開発プログラムを進めている「ファイメクス株式会社」や、糖尿病や高血圧症などの新薬候補の研究開発を進めている「株式会社スコヒアファーマ」など、次々とカーブアウトベンチャーを生み出しています。
先述のファイメクス株式会社の代表取締役CEO冨成祐介氏は、upto4のインタビューによると、カーブアウトの経緯を次のように話しています。
「IRAK-Mが社内でも優先度の高い初期プログラムとなりましたが、わずか2ヶ月後にまたも組織体制の変更があり、がんは海外部署で実施することとなり国内では優先度を落とすことが決定したのです。そのとき会社から提案されたのが、もし魅力的な研究内容ということならば、武田からも投資をする形でスピンオフベンチャーとして起業してはどうかという選択肢でした」
大企業では、組織体制の変更によって現場が大きな方向転換を余儀なくされることも多くあります。武田薬品工業は、将来性の高い研究を無駄にしないためにも、カーブアウトを積極活用している企業の一つだと言えるでしょう。
参照:創薬困難なタンパク質を標的とした治療薬創出に挑む/ファイメクス株式会社 【1】|upto4
大日本住友製薬株式会社
住友グループの大手製薬会社、大日本住友製薬株式会社。2019年、同社初のカーブアウトとして「AlphaNavi Pharma(アルファナビファーマ)株式会社」が誕生しています。
アルファナビファーマは新規疼痛(とうつう)治療薬を開発する創薬ベンチャーで、大日本住友製薬株式会社と選択的電位依存性ナトリウムチャネル阻害薬『DSP-2230』(=『ANP-230』)に関するライセンス契約を締結しており、末梢(まっしょう)性の神経障害性疼痛治療剤として実用化を目指しています。
一般的に、新薬の研究開発から発売までには10〜15年、費用は1,000億円近くかかるとされています。そのため、全てのプロジェクトを同時進行させることは難しいという課題があります。
大日本住友の馬場博之執行役員(2019年当時)は、「貴重な新薬候補を無駄にしないよう、今後も事業の切り出しを含め、さまざまな選択肢を模索したい」と話したといいます。
製薬業界でカーブアウトが広まる背景には、このような産業構造も影響しているようです。
参照:研究断念、ベンチャーに継承 製薬大手に広まる「カーブアウト」|産経新聞
塩野義製薬株式会社
カーブアウトした事業が成功した場合、親会社が事業を買い戻すケースもあります。
塩野義製薬株式会社からカーブアウトした創薬ベンチャー「ピオニエ」は、2019年6月に塩野義製薬の100%子会社となったのち、同年9月に吸収合併しています。
ピオニエは、大阪商工会議所による製薬企業の新薬研究開発を支援する「DSANJ(Drug Seeds Alliance Network Japan:創薬シーズ・基盤技術アライアンスネットワーク)」事業の一環として設立された創薬ベンチャーでした。
同社が外部資金を活用して新薬候補の研究を続けた結果、薬効や安全性を確認できたため、開発は塩野義製薬が引き継いだ形になります。
カーブアウトのメリットでも触れましたが、このようにベンチャーとして事業分離することで外部の資金や人材を活用して研究開発を加速させることができるのです。
参照:塩野義製薬、100%子会社であるピオニエ社の吸収合併を決議|日本経済新聞
カーブアウトを活用し、事業ポートフォリオの最適化を目指す
今回は、カーブアウトの概要や活発化している背景、メリットと課題、カーブアウトの手法や実施手順、カーブアウトの企業事例について解説しました。
上場企業における資本・経営効率、生産性の改善が求められている近年において、カーブアウトの実行ニーズや有用性はますます高まっています。
難易度も高いカーブアウトですが、本記事でご紹介した企業事例なども参考にしながら、自社の事業ポートフォリオ最適化に役立てていただければ幸いです。
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監修
ククレブ・マーケティング株式会社 CEO
大手事業法人のオフバランスニーズ、遊休地の活用等、数々の大手企業の経営企画部門、財務部門に対しB/S、P/Lの改善等の経営課題解決を軸とした不動産活用提案を行い、取引総額は4,000億円を超える。不動産鑑定士。
2019年9月に不動産Techを中心とした不動産ビジネスを手掛けるククレブ・アドバイザーズ株式会社を設立。
2021年10月にはデータマーケティング事業を主軸としたククレブ・マーケティング株式会社を設立し、現在に至る。