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ネイチャーポジティブとは?推進の背景や経済効果、企業に求められることや取り組むメリットを詳しく解説

生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せることを目指す「ネイチャーポジティブ」が世界的に注目を集めています。

今回は、ネイチャーポジティブ(自然再興)の意味や、求められる背景、世界・日本それぞれにおける動向や、企業が取り組むメリット、取り組みの参考となるフレームワーク、ネイチャーポジティブがもたらす経済効果などについて解説します。

最後に、ネイチャーポジティブに取り組んでいる企業事例も紹介しているので、ぜひ取り組みの参考にしてみてください。

ネイチャーポジティブ(自然再興)とは

ネイチャーポジティブ

「ネイチャーポジティブ(自然再興)」とは、生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せることを指す言葉です。

これまでにも取り組まれてきたような自然環境保全だけではなく、政治、経済、技術など全てにまたがって生態系の改善を促していくことで、自然が豊かな状態を目指すことがネイチャーポジティブの目的です。

このネイチャーポジディブは、2022年12月に生物多様性の新たな世界目標として「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」が採択されたことを契機に世界的潮流となっています。

詳しくは後述しますが、日本においても2023年3月にネイチャーポジティブ経営を推進するための「生物多様性国家戦略2023-2030」が閣議決定されました。

なぜ、今ネイチャーポジディブが必要なのか?

ネイチャーポジティブ

現在、生物多様性は大きく分けて次の4つの危機にさらされています。

① 開発や乱獲による危機(第一の危機)
② 人間による働きかけの不足による危機(第二の危機)
③ 外来生物や化学物質による危機 (第三の危機)
④ 気候変動など地球環境の変化による危機 (第四の危機)

これらの危機を回避し、ネイチャーポジティブを実現するためには、政府・企業・個人問わず、全員が連携して取り組んでいかなければなりません。

そのため、2022年12月に開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)や、G7 2030年自然協約など、世界中でネイチャーポジティブの実現に向けた目標や考え方が掲げられているのです。

ネイチャーポジディブに関する世界的な動向

ネイチャーポジティブ

ここからは、ネイチャーポジティブに関する世界的な動向を具体的に解説していきます。ネイチャーポジディブの世界的な動向を把握するために、理解しておきたい背景は次の2つです。

昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)

まず、ネイチャーポジティブが認知度を高めるきっかけとなったのが、先述の2022年12月に開催された生物多様性条約第15回締約国会議(Conference of the Parties:COP15)で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」です。

2050年までに自然共生社会を実現することを目指し、自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め反転させるための緊急の行動をとることが2030年のミッションとして示されました。

自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)提言

自然関連財務情報開示タスクフォース(以下、TNFD)は、自然関連の非財務情報開示を企業に促すことを目的に設立された国際的イニシアティブです。

TNFDは、企業が自然関連リスクと機会を管理・報告するための「LEAPアプローチ」というフレームワークを開発し、2023年9月に最終提言として公表しました。

このTNFD提言の最終版では、企業に向けて、生物多様性を含む自然資本に関する「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の開示を求めています。

ネイチャーポジティブに関する日本の動向

ネイチャーポジティブ

ここからは、ネイチャーポジティブに関する世界的潮流を受けて、日本ではどのような動向が見られているのかを詳しく解説します。

生物多様性国家戦略2023-2030

日本では、2023年3月に「生物多様性国家戦略2023-2030」が閣議決定されました。2030年のネイチャーポジティブの実現に向けて、5つの基本戦略と、それぞれの状態目標、行動目標が設定されています。5つの基本戦略は次の通りです。

<生物多様性国家戦略2023-2030 5つの基本戦略>
① 生態系の健全性の回復
② 自然を活用した社会課題の解決
③ ネイチャーポジティブ経済の実現
④ 生活・消費活動における生物多様性の価値の認識と行動
⑤ 生物多様性に係る取組を支える基盤整備と国際連携の推進

ネイチャーポジティブ

出典:環境省「生物多様性国家戦略2023-2030」

ネイチャーポジディブの経済効果

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自然に配慮した取り組みが世界的に重要視されている一方で、「重要性は理解しているが、企業が取り組むには環境保全コストがかかる」「企業価値向上に繋がるまでには時間がかかるので優先順位を高められない」という意見もあります。

しかし、世界経済フォーラム(WEF)が2020年に発表した報告書によると、自然の損失によって、世界のGDPの半分にあたる44兆ドル以上が脅かされる可能性があると指摘されています。

さらに、ネイチャーポジティブ経済に移行することで3億9500万人の雇用創出と、年間10.1兆ドルの取引が見込めるとの報告もあります。

つまり、自然に配慮しない経営を行い続ける(自然を損失し続ける)ことは、将来的にビジネス機会の損失にも繋がってしまいます。そして、ネイチャーポジティブを実現することで、その損失を避けられるだけではなく、むしろビジネスチャンスの創出に繋げていくことができるのです。

参照:WEF「New Nature Economy Report II The Future Of Nature And Business」

日本企業がネイチャーポジティブに取り組む意義とメリット

ネイチャーポジティブ

ここからは、日本企業がネイチャーポジティブに取り組む意義とメリットについて考えていきます。

環境省によると、日本においてネイチャーポジティブ経済への移行により生まれるビジネス機会の規模は、2030年時点で約47兆円と推計されています(世界経済フォーラム(2020)をベースとした推計)。

そのうち、4分の3以上が炭素中立(CN)や循環経済(CE)と強く関連しており、ネイチャーポジティブや炭素中立、循環経済の実現の先には、環境・経済・社会におけるサステナビリティの実現と自社の経営基盤強化に繋がります。

参照:環境省「ネイチャーポジティブ経済移行戦略 参考資料集」

企業がネイチャーポジティブに取り組む方法【LEAPアプローチとは】

ネイチャーポジティブ

では、具体的に企業がネイチャーポジティブに取り組むためにはどうしたらいいのでしょうか。ここでは、一つの方法として「LEAPアプローチ」というフレームワークをご紹介します。

「LEAPアプローチ」とは、自然との接点、自然との依存関係、インパクト、リスク、機会など、自然関連課題の評価のための統合的なアプローチとして、TNFDにより開発されたものです。

「LEAP」とは「Locate(発券する)」、「Evaluate(診断する)」「Assess(評価する)」「Prepare(準備する)」の頭文字を組み合わせた言葉で、これらのステップを踏むことでTNFD情報開示に向けた準備を行います。

ネイチャーポジティブ
出典:環境省「LEAP/TNFDの解説」

LEAPアプローチはあくまでTNFDが推奨するフレームワークであり、ネイチャーポジティブに取り組む上でLEAPアプローチの実施は義務付けられているわけではありません。

しかしながら、パイロットテストの結果からも有効とされているので、ぜひ有効活用していきましょう。

注意点としては、分析に用いるデータは基本的に一次データが望ましいとされている点です。分析の最初のステップとして、二次データを使用して自然関連課題を推定する場合は、過渡的な手段とみなし、徐々に精度を上げていくことが求められます。

ネイチャーポジティブに取り組む先進企業事例

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ここからは、ネイチャーポジティブに取り組んでいる企業の事例をご紹介します。

キリンホールディングス

キリンホールディングスは、世界に先駆けてTNFD情報を開示している企業です。

「キリングループ環境ビジョン2050」を掲げ、2023年7月に公表した「環境報告書2023」においては、主力商品である「キリン 午後の紅茶」の原料生産地として地域的な依存度が高いスリランカの紅茶農園に注目し、LEAPアプローチを用いて自然資本のリスクと機会の分析を行なっています。

LEAPのL(Locate:発見)フェーズでは、紅茶農園がある地域は貴重な固有種の生息地域であるにも関わらず、水ストレスが高く、絶滅リスクにさらされている地域でもあることが示されています。

E(Evaluate:診断)のフェーズでは、次の画像のような分析・評価結果が出ています。
ネイチャーポジティブ
出典:キリンホールディングス「TCFDフレームワーク・TNFDフレームワーク案などに基づいた 統合的な環境経営情報開示」

A(Assess:評価)以降のフェーズの実施はこれからだとしつつ、結果からキリングループが2013年から継続しているより持続可能な農園認証取得支援のトレーニングによって自然資本へのインパクトの緩和に寄与できる項目が多くあり、スリランカの自然資本の課題の解決に有効であると述べられています。

参考:キリンホールディングス「環境報告書2023」

ネイチャーポジティブに取り組み自社の経営基盤強化に繋げる

今回は、ネイチャーポジティブ(自然再興)の意味や、求められる背景、世界・日本それぞれにおける動向やネイチャーポジティブがもたらす経済効果、企業が取り組むメリットや参考となるフレームワーク、先進企業の取り組み事例について解説しました。

ネイチャーポジティブは、今後ますます広がっていくことが予想されます。企業に対しても、自然関連の情報開示に対する要求は強まっていくでしょう。ネイチャーポジティブに本質的に取り組めば、自社の経営基盤強化だけではなく、新たなビジネスチャンスの創出にも繋がります。

本記事が、御社のネイチャーポジティブに対する取り組みの参考になりましたら幸いです。

 

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監修

ククレブ・アドバイザーズ株式会社 代表取締役
ククレブ・マーケティング株式会社 CEO
宮寺 之裕
大手リース会社、不動産鑑定事務所を経て、J-REITの資産運用会社の投資部門にて企業不動産(CRE)に携わる。
大手事業法人のオフバランスニーズ、遊休地の活用等、数々の大手企業の経営企画部門、財務部門に対しB/S、P/Lの改善等の経営課題解決を軸とした不動産活用提案を行い、取引総額は4,000億円を超える。不動産鑑定士。
2019年9月に不動産Techを中心とした不動産ビジネスを手掛けるククレブ・アドバイザーズ株式会社を設立。
2021年10月にはデータマーケティング事業を主軸としたククレブ・マーケティング株式会社を設立し、現在に至る。