IPランドスケープとは?注目される背景、活用する目的や分析手法、企業事例をわかりやすく解説
日本企業を取り巻く競争環境が厳しさを増す中、知財情報を経営判断に活かす「IPランドスケープ」が注目を集めています。
しかしながら日本では、知財情報分析の結果をうまく経営判断や事業戦略に活用できていない企業も多いのが現状です。
本記事では、IPランドスケープの概要や注目を集めている背景、従来の日本企業の知財部門との具体的な違いや、IPランドスケープを活用する主な目的や分析手法を分かりやすく解説します。
記事の後半では、IPランドスケープを導入している先進企業の事例も紹介しています。IPLを活用して自社の企業価値創造の創出に取り組みたい経営者や事業責任者の方は、ぜひご一読ください。
IPランドスケープとは?
IPランドスケープ(Intellectual Property Landscape:IPL)とは、知的財産情報を分析してその結果を経営判断に活用することです。広い意味では、知的財産を重視した経営そのものを指す場合もあります。
特許庁が2021年に公開した「経営戦略に資する知財情報分析・活用に関する調査研究」では、IPランドスケープを「経営戦略又は事業戦略の立案に際し、(1)経営・事業情報に知財情報を取り込んだ分析を実施し、(2)その結果(現状の俯瞰・将来展望等)を経営者・事業責任者と共有すること」と定義しています。
具体的には、自社の戦略・事業を成功に導くために知財部門が
①経営陣のニーズを早い段階でつかむ
②特許だけでなく競合企業や関連業界などのマーケティング情報を駆使した戦略報告書を作成
③経営陣に提案、全社戦略に反映
という上記の①〜③のサイクルを繰り返して実施します。
参照:「経営戦略に資する知財情報分析・活用に関する調査研究」|特許庁
IPランドスケープが必要とされる背景
IPランドスケープは、2010年頃から、米IBMや米アップル、米インテルなど欧米の先進企業を中心に広まりました。
日本においては、2017年4月に知財人材に必要とされるスキルを明確化するために取りまとめられた「知財人材スキル標準(version 2.0)」(経済産業省)の中で「IPランドスケープ」という言葉が使われたことが契機となっています。
同年7月には日本経済新聞朝刊でIPランドスケープが大きく取り上げられたことも影響し、次第に日本企業においても認知が広がっていきました。
その後、IPランドスケープを採用する日本企業は増えていったものの、経営戦略に資するものとして十分に活用されているとは言えず、各社の取組状況にも相違がみられました。
そのため、日本企業の事業競争力の強化および企業価値の向上に加え、日本の持続的な社会発展を促すことを目的として、2020年にIPL推進協議会が設立されます。
加えて、2021年に改訂されたコーポレートガバナンス・コードには初めて「知的財産」という文言が入りました。これにより、企業は自社の経営課題に対して知財がどう貢献しているのかを開示することが求められるようになったため、各社でIPランドスケープが推進される大きなきっかけとなりました。
IPランドスケープを導入した企業の知財部門と従来の日本企業の知財部門の違い
これまでも、知財部門が研究開発や製品差別化を支援する「特許調査」は多く行われてきました。知財情報を経営判断に活かすIPランドスケープは、従来の知財部門と具体的にどのような違いがあるのでしょうか。
最大の違いは、その「目的」にあります。従来の日本企業の知財部門は「自社の製品やサービスが他社特許に抵触しないか」を調べ、事業の失敗を防ぐことが主な目的でした。しかしながら、IPランドスケープの主な目的は経営判断やM&A(合併・買収)に貢献し、経営・事業を成功へと導くことです。一言で言うならば、従来は「守りの知財情報活用」であったのに対し、IPランドスケープは「攻めの知財情報活用」と言えるでしょう。
このように目的が大きく違うので、主な役割も異なってきます。従来の日本企業の知財部門は特許出願や特許調査など、社内特許事務所としての役割を担ってきました。一方、IPランドスケープでは知財を踏まえたマーケティング調査、戦略提言、M&A支援など、知財コンサル・経営コンサルとしての役割を担います。
従来の日本企業では知財部門が経営陣に対して主体的に戦略的な提言をしたり、横串の組織を統括したりするケースは極めて稀です。しかしながら、経営陣と知財部門の距離感がIPランドスケープ実践の成否を分けると言っても過言ではありません。
IPランドスケープの導入を検討している企業は、このような違いを理解した上で知財情報を横断的に共有できる仕組みづくりを構築することが重要です。
日本におけるIPランドスケープの実施状況
現在、日本企業はどれくらいIPランドスケープを活用できているのでしょうか。ここからは、日本におけるIPランドスケープの実施状況を解説します。
IPランドスケープの認知度は8割を超えているが、理解度は必ずしも高くない
出典:経営戦略に資する知財情報分析・活用に関する調査研究の概要|特許庁
特許庁が2021年に国内企業を対象に行った調査によると、「IPランドスケープという言葉を知っている者」は約8割を占め、「言葉を聞いたことがない者」は約2割でした。おそらくアンケート対象者は知財関係者であることも影響しているとは思いますが、IPランドスケープの認知度自体は高いようです。
そして、IPランドスケープを「必要だと思う」「必要になる可能性がある」と回答した者も約8割を占め、「必要でない」と回答した者は2%にとどまりました。
しかしながら、「IPランドスケープを理解している者」は約3割、「IPランドスケープという言葉は知っているものの理解できていない者」は約5割という結果になりました。
「IPランドスケープが今後必要になるだろう」と認知はしているものの、理解度はそこまで高くないのが現状のようです。
IPランドスケープを実際に実施している企業は1割
出典:経営戦略に資する知財情報分析・活用に関する調査研究の概要|特許庁
同調査は、IPランドスケープを実施している企業についてもアンケート調査を行っています。
その結果、「IPランドスケープの定義の①及び②の実施ができている*」と回答した者は約1割に留まり、IPランドスケープを実施できていない(実施していない)者は約8割を占めました。
また、「IP ランドスケープの分析の実施及び経営層等との共有」の両方を実現できていると回答した者の比率は、大企業で約12%、中小企業で約7%、ベンチャー・スタートアップでは約40%と企業規模ごとに差異がある状況となっています。
特許庁が2021年に行ったアンケート調査によると、VC(ベンチャーキャピタル)が投資判断の際に「ベンチャー・スタートアップが知的財産を保有していることを重視している」と回答した割合は85%を超えています。
* IPランドスケープの定義・・・事業戦略又は経営戦略の立案に際し、①事業・経営情報に知財情報を組み込んだ分析を実施し、②その結果(現状の俯瞰・将来展望等)を事業責任者・経営者と共有すること
参照:経営戦略に資する 知財情報分析・活用に関する 調査研究報告書|特許庁
参照:経営戦略に資する知財情報分析・活用に関する調査研究の概要|特許庁
参照:スタートアップ企業向けアンケート調査結果|特許庁
ここ数年でIPランドスケープを導入する企業は増加傾向に
上記の調査結果が公表されたのは2021年3月ですが、その後同年の6月にコーポレートガバナンス・コードが改定されています。
改定後のコーポレートガバナンス・コードには、初めて「知的財産」という文言が入りました。これにより、各社ではより一層IPランドスケープが推進されています。
実際に、ククレブグループであるククレブ・マーケティング株式会社が提供する統計用データ作成サービス「CCReB Clip」を用いて中期経営計画でIPランドスケープに関するワードを言及している企業を調査したところ、2020年~2024年で1.75倍に推移していることが分かりました。
【CCReB Clip】
IPランドスケープの主な活用目的13項目
IPランドスケープの活用目的は、先述の通り一般的には「経営戦略又は事業戦略の立案に際し、(1)経営・事業情報に知財情報を取り込んだ分析を実施し、(2)その結果(現状の俯瞰・将来展望等)を経営者・事業責任者と共有すること」と定義されています(特許庁「経営戦略に資する知財情報分析・活用に関する調査研究報告書」)。
しかしながら、IPランドスケープはその有用性から多様な目的で用いられるようになっており、使用する企業によって様々な捉え方がされています。
特許庁が公開している「経営戦略に資するIPランドスケープ実践ガイドブック」では、事業戦略、技術開発戦略・知財戦略、パートナリング、活動の外部向け可視化の4つの観点から、IPランドスケープの代表的な13の目的が以下のように紹介されています。
事業戦略
①技術・プレイヤーのトレンド分析
注目技術の出願動向、競合の事業動向や出願動向等を分析し、トレンドを調査する
②企業の強み/弱みの整理
自社や競合他社との事業動向、出願件数等を比較し、競合他社の開発状況の把握、強み/弱みを整理する
③新規顧客の探索
特定製品に関連する出願の情報(出願人、用途、課題等)を分析し、当該製品の技術を求めている企業や、用途・課題が類似する業種を探索する
④新規用途探索
特定技術の出願及びその引用、被引用出願における課題、用途について、共通性、類似性を分析し、新規用途を探索する
⑤有望新規領域探索
市場情報、他社の開発状況、特許出願状況等を分析し、有望な新規事業領域を探索する
⑥想定競合企業の抽出
市場情報、特定技術の出願状況等を分析し、新規事業領域で想定される競合企業を抽出する
技術開発戦略・知財戦略
⑦出願を注力すべき領域の特定
市場情報並びに自社及び競合の特許出願の比較結果等に基づき、自社が注力すべき領域を特定する
⑧自社の知財上のリスクの洗い出し
自社が実施する事業について、他社の特許出願を分析し、自社の知財上のリスクを洗い出す
⑨特許活用先の探索
自社特許の引用、被引用特許を分析し、自社特許の活用先を探索する
パートナリング
⑩パートナー候補企業の抽出
特定技術に関する自社出願及びその技術領域のプレイヤーを整理し、事業情報等を加味して自社のパートナー候補となる企業を抽出する
⑪パートナー候補企業の技術力・知財力評価
パートナー候補企業の特許出願に関する技術、及びパートナー企業が保有する技術の類似技術、競合が保有する技術等を整理、比較することでパートナー企業の技術力・知財力を評価する
⑫自社とパートナー企業との想定シナジー評価
自社、パートナー企業の保有技術、バリューチェーン、顧客チャネル等を整理することで、パートナリングした際に想定されるシナジーを検討、評価する
活動の外部向け可視化
⑬CGC対応
自社が保有する知的財産、ノウハウ及びそれらの活用戦略や、SDGs対応状況等について整理し、公開する情報を作成する
出典:「経営戦略に資するIPランドスケープ実践ガイドブック」|特許庁
IPランドスケープの主な分析手法15
2017年から注目を集めているIPランドスケープですが、必要性は理解しつつも、その具体的手法や調査プロセスは広まっているとは言い難い状況にあります。
特許庁が公開している「経営戦略に資するIPランドスケープ実践ガイドブック」では、何の情報をどのような観点からどのような手順で分析すればよいのか、主な分析手法や目的に合わせた組み合わせ例が紹介されています。
ここでは、主な分析手法を項目別にご紹介します。分析手順など詳細は実践ガイドブックをご参照ください。
俯瞰・可視化
手法1 出願数に基づく技術開発状況の可視化
出願年·技術領域·用途·解決する課題等のデータを使用し、二軸バブルチャート等を用いて出願動向を可視化
手法2 テキストマイニングによる技術開発状況の可視化
マップの作成を行い、そこから対象領域の技術構成や開発注力領域を考察
手法3 出願数等による主要プレイヤーの特定・プレイヤーマップの作成
対象領域の技術構成を大まかに整理したのち、市場レポート・事業情報・出願数情報等から主要プレイヤーを抽出・マッピング
手法4 自社出願状況の整理・可視化
関連する製品や実施の有無等の自社ならではの情報を活用し、自社における知財状況を可視化
手法5 自社・他社の技術比較
出願数等の定量情報を用いて自他社の特許ポートフォリオを定量的に比較することで、競合に対する優位性や、パートナリングによるシナジーを可視化
時系列整理
手法6 出願数に基づく技術開発状況の時系列分析
目的に応じて出願を分類した上で、出願年ベースで時系列変化が明らかになるよう、グラフ等の形で可視化
手法7 出願数等に基づくプレイヤーの事業・知財活動変遷の分析
特定プレイヤーの事業・出願等を時系列に整理することで、企業がどのようなタイミングで事業に紐づけた特許出願を行っているか等の知財戦略を考察
領域の評価
手法8 市場・開発動向における各技術領域の活発度の評価
興味のある領域をセグメントごとに分けた上で、それぞれを市場性・出願数等の観点から評価・比較する
手法9 領域ごとの知財リスク・知財参入障壁の評価
各領域での出願数やプレイヤー数、係争の発生数等のパラメータを整理し、評価・マップ化を行う
企業抽出・評価
手法10 対象技術領域における有望企業の抽出・整理
事業・知財の両面から各企業の評価を行い、定量的・定性的な評価により段階的なリストの絞り込みを行っていく
手法11 自社類似技術を有する企業の抽出・整理
自社出願の特許分類や引用情報等に基づく候補企業の抽出ののち、事業調査での裏付け調査を行う
手法12 企業の知財力評価
対象会社の事業及びそれに紐づく知財を整理した上で、他企業との比較や知財価値の評価により知財力を可視化
潜在的要素の顕在化
手法13 引用情報を用いた技術展開可能性の分析
関連自社出願の被引用出願から、自社が想定していない活用領域・製品・用途等のアイディアを抽出
手法14 顧客ニーズ・技術開発ニーズの特定
自社製品に関する記載がある出願や論文情報をもとに、ポテンシャル顧客や製品が解決する課題を整理する
キーパーソンの特定
手法15 主要発明者の特定
対象領域の出願の多さや基盤技術の発明への関与等をもとに候補を特定し、職歴・特許・論文等の情報から深堀調査を行う
出典:「経営戦略に資するIPランドスケープ実践ガイドブック」|特許庁
IPランドスケープを導入している先進企業の成功事例
最後に、IPランドスケープを導入している以下の先進企業2社の取り組みをご紹介します。
・旭化成株式会社
・富士フイルム株式会社
旭化成株式会社
国内大手の総合化学メーカーである旭化成株式会社。同社は2005年から毎年知的財産報告書を発行しており、IPランドスケープを事業戦略の策定に活用し、中期経営計画の柱に据えるなど、国内でも先進的な知財活動に取り組んでいます。
同社ではIPランドスケープの目的を「現行事業の強化」、「新規事業創出」、「M&Aの候補先の調査など」の3つに定めています。
活用事例としては、コロナ禍における取り組みが挙げられます。コロナ禍は同社にも大きなマイナスの影響を与えましたが、IPランドスケープの活用によって新たなビジネスチャンスを見出しました。
具体的には、元々同社が扱っていた水の殺菌に使う深紫外線LEDを、表面殺菌にブラッシュアップして感染症対策に役立てようとしました。表面殺菌についての特許マップを作ったところ、競合他社はまだそこに目を向けていないことが分かったため、市場参入にあたり組める照明会社を探すべく照明業界の企業群を特許マップで確認し、シナジー効果を見込める会社を見出したといいます。
参照:IPランドスケープのススメ「旭化成株式会社」|広報誌「とっきょ」2021年9月14日発行号
富士フイルム株式会社
日本の大手精密化学メーカーである富士フイルム株式会社。歴史的に強い研究開発力を有しており、多くの知財権を保有しています。同社は経営戦略、R&D戦略、知財戦略を一体的に実行するための知的財産本部を構築しており、特許出願以外の戦略系業務も10年前から年々拡大させています。
また、特許に限らずノウハウなども「技術資産」として一括で管理することで、全社の幅広い無形資産を統合的にマネジメントできる体制を構築しています。
有名な活用事例としては、かつての主力事業であった「銀塩写真」で培った基盤技術やコア技術を活用した2006年の化粧品事業への参入と、2010年の医療機器分野への参入でしょう。自社で不足している技術は企業買収で補うなど、オープンクローズ戦略も取り入れながら新規事業参入を成功させました。
現在では社長直下の部門となっている同社の知的財産本部。この社長直下の知財機能が、成功確度の高い同社の事業戦略を支援する役割を担っています。
IPランドスケープを活用して「守りの知財」から「攻めの知財」へ
経営判断を迅速・的確に行うためには、自社や競合他社の強みや弱みなど、根拠となる客観的な情報の裏付けが必要不可欠です。
サステナビリティやESGの推進など、近年のビジネス環境は大きく変化しています。この変化に対応していくためにも、知財情報を活用するIPランドスケープの導入は、多面的な視点から迅速・的確に経営判断を行う一助となるでしょう。
「CCReB GATEWAY」では、ビジネスパーソンとして押さえておきたい重要なキーワードを効率よくチェックすることができる「ホットワード分析」や、上場企業のプレスリリースを簡単に検索できる「IRストレージ」など、忙しいビジネスリーダーをサポートするコンテンツを多数ご用意しております。
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監修
ククレブ・マーケティング株式会社 CEO
大手事業法人のオフバランスニーズ、遊休地の活用等、数々の大手企業の経営企画部門、財務部門に対しB/S、P/Lの改善等の経営課題解決を軸とした不動産活用提案を行い、取引総額は4,000億円を超える。不動産鑑定士。
2019年9月に不動産Techを中心とした不動産ビジネスを手掛けるククレブ・アドバイザーズ株式会社を設立。
2021年10月にはデータマーケティング事業を主軸としたククレブ・マーケティング株式会社を設立し、現在に至る。